2013/05/17


 僕は北千住界隈の異業種交流会に参加さてもらっており、定期的に足立区の4つの交流会と協議会を開いています。
昨日はその総会があり、勉強会のテーマが話題の3Dプリンターでした。


御存知の通り、3DプリンターはPCで作ったデータを平面(紙)に打ち出すのではなく、樹脂や金属を積層あるいは噴出させて立体として出力するというもの。
その元データは写真や絵ではなく3DモデルやCADのデータで、僕がイラストレーターと並行して10年近くゲーム業界や映像業界で作ってきたモデルデータが画面から飛び出して実物として取り出せるのでは、と大きな期待を持っています。
講義内容や僕が持っている知識からは、個人ユースの実用にはまだいろんなハードルがあり、テレビで報道されているようになんでも生産できる魔法の箱というようにはすぐにはならないと感じていますが、楽しみであることには違いありません。
飽くまで「個人としては」ですが。

というのも以下の様な理由があるからです。

今回参加されたのは地元の製造業中心(足立区は製造業が多い)の方々で、彼らの多くはマスコミ同様3Dプリンターに漠然とした期待を持ったようです。
「モノづくりが変わる!」というキーワードはポジティブにとらえれば製造業の人々には何かしらの福音のように聞こえます。

しかし僕はこの箱が、モノづくりにおいて彼ら熟練の職人や技術者の長年積み重ねた経験やカンといった最大の武器を無効化してしまうのではないかと考えています。
SEや3DCGなどPCベースのモノづくり全てに言えることとして、継続修練よりも新技術の開発と取り込みによって生産性が高まるという点があります。
この性格には若い人のほうが断然強いため、現場の中心は常に若く、品質も早くに安定(画一化ともいえる)にするため裾野が広がりやすいです。
長年修行と錬成を繰り返すほどいいものを作れるというアナログの実物制作と逆ですね。
趣味であれば誰でも手軽にできるの喜ばしいことなのですが、が商売になると話は別です。
手軽さは供給過多となり、やがて価格競争となって最後は需要がアジアなどの安い市場に移っていくことは日本がすでに経験しています。この点においては年功序列で物価が高く器用さが武器の日本には不利なのではないでしょうか。
印刷・成形加工・医療(代替骨歯成形)・建設などで応用が効くという講義内容を言い換えれば、この業種のお客さんだった人々が今後は3Dプリンターで自己生産できてしまうということ。
個人的には細かな部品やアイテムが家内生産で手に入るのはとても楽しみですが、多くの人が僕と同じ期待を抱いているのならばモノづくりを生業にしている人々には厳しい時代がやってくるということです。
また、3Dプリンターやそのデータ制作のツールが個人レベルに普及したとすると、これまで特殊技能だった3DCGやCAD制作に精通する人間が増えていき、専門性の高かった3Dデータ制作の市場が壊れるのではないかと危惧しています。ペイントツールやプリンターが普及してそうなったイラストレーターのように。

これに気づかず手を出すと、3Dプリンターは夢の箱どころかパンドラの箱になりかねないでしょう。