2012/05/11


以下はFacebookノートに書いて反響があったものの転載です。
すべてのイラストレーターと、イラストレータとかかわる人々に読んでもらいたいと思っています。



今後参照してもらうのに必要だと感じるイラストの価値ついて書いておきたい。
(※相場の話ではない)

イラストレータとは、端的に言えば「イラストを描くことでお金を稼いでいる人」である。
そして僕は一応そのイラストレータを名乗っている。

ところが僕がその「イラストレータ」であることを知ったうえで「タダで絵を描いてほしい」という依頼をされることがある。
ほとんどが仲間内で使うグッズのデザインだとか記念品に印刷するイラストだとかそういったものの無償依頼である。

商売に使うものでない、したがって金をかけられない、しかし売り物ではないのでできればタダで済ませたい。
気持ちはわかるが、ちょっと考えてほしい。

友人のレストランに食事に行って飲食代をタダにしろとか、あるいは友人の大工にタダで家を建ててほしいとか言えるだろうか。
衣類・調度品・設備・サービス、値引きは頼んでも「友人のよしみでタダでちょーだい」という頼みをしたら人間性を疑われるだろう。

ところが、絵についてだけはそれが意識されない傾向がある。

技術的性質として、0を白紙、1が完成した絵だとすると、この間の壁が非常に低いことが第一の理由だろう。
子供にクレヨン握らせてゾウの絵を描かせても、上手い下手を気にしなければどうにかゾウに見えるだろうし、大人であればその場での図説や筆談くらいならばどんなものでもたいてい間に合う腕はある。子供でも大人でも、絵はほとんどの人が練習を必要とせず0を1にできるということだ。

一方、これを音楽に置き換えるとどうだろう。
素人が適当に楽器を弾いても一応音は出るが、それを音楽という"完成品"にするには最低限のクオリティでもそれなりの訓練が要る。0を1に至らしめる壁が高いのだ。
よって1を満たした技術は特殊技能として評価され、簡単な音楽であっても注文に応じ作詞作曲された演奏を吹き込んだCDを友人のミュージシャンにリクエストしたら"タダで"という言葉は出てこないはずだ。

次に制作過程が周知されていない。
イラストレータがどういう手順でどのように絵を完成させるか、始終じっくりと見たことある人は少ないのではないだろうか。
描くのに何日もかかりそうな複雑なものから5分で描き終えそうなタッチまでこの世に無数のイラストがあるが、共通して作家はその第一筆を入れるまでには少なくない準備作業を要する。テーマ・媒体・目的に沿って最適な完成形を頭の中で考えたり、それをもとにクロッキー帳にラフをいっぱい描いて比べたり、時には対象になるものを取材するために奔走する。打ち合わせやそのための移動、メールの読み書き、リテイク作業まで含めたら決して一日では終えないし、ずっと残るものだから誇りをもっていい加減なものは納品しない。
そうして、大切に大切に仕上げられた結果がイラストレータという絵のプロが描く一枚となるのだ。たとえそれが雑誌の隅っこに鎮座する小さなカットであっても。
それが普通の人にはなかなか理解してもらえず「ちょこちょこっと描けるでしょ?」と言われると、僕はとても悲しい気持ちになる。

であるなら今度は内訳を無視して時間給の視点でも考えてもいい。

あくまで仮であるが、イラスト1点1時間で完成するとしよう。
東京都の最低労働賃金はこれを書いている時点で837円程度なので、イラストを描くことを仕事にしている人間に制作をリクエストしたら最低837円は支払わなければならない。
しかし実際はイラストレーション制作という特殊技能を短期雇用することを踏まえたら一般的な会社員の時間給の数倍が対価であるし、実際に見積もりはそうやってとられている。
以前、僕にタダとまではいかないがかなり抑えた額で絵を発注してきた知人がいたが、僕は彼に対して上記を説明したうえで「きみの会社で僕が制作にかけるのと同じ時間だけ派遣社員を雇ったらいくらになる?」と伝え、それでようやく納得してもらえた。

また、これらを加速させている環境的な問題として、タダでイラストを描く人間が増えたことが挙げられる。
ネットが普及したことでそういう人間を探しやすくなり、イラストの価格の低下だけでなく価値そのものまでもが蔑にされつつあることは残念だが否定できない。
むろん、そういった人間に発注し、双方の合意のもとお金の発生がなく目的が達成できるなら本人たちにとっては何よりである。
しかしタダで絵を描く人間はプロではないので、僕らのようなイラストという商品を作るために有限な時間を売って得たお金でご飯を食べようとしている人間とは一緒に考えないでほしいのだ。

 率直に言って、僕らからしてもイラストというものは値段をつけにくいと感じる。
9割以上が人件費と技術料なので、工数と経費を基本に、市場価値やクライアントの主観が加わって値が決まる。
それでも自分が手を動かす時給だけにしか値がつかなかいこともざらだ。
だから自分の作品に少しでも高い価値をつけようと休日を返上して習作に取り組んだり、広告用のwebを整えたり、コンペに挑んだりと努力している。
対価をもらうのにふさわしくあるよう、自分の技術を伝家の宝刀のように大切に保管し、錆びぬよう研ぎ澄まし、練成した腕で奮うのだ。
そうやって必死にイラストでお金を稼ごうとしているイラストレータに「タダで」というのは侮辱でしかない。

みなさんの周囲を見回せば山ほどイラストがあるはずだ。
このノートを読んでからそれを見て、どう思ったかを率直に聞かせてほしい。
それはこれからの僕のイラストの取り組み方にもかかわってくるだろうから。