2012/02/26


※旧ブログからの転載記事です。


この日、日本のランナーにとって年に一回のお祭りである東京マラソン2012が開催されました。
非常に運良くこれに夫婦揃って当選した僕と妻は、せっかくのこのチャンスをどう活かすか思案した結果、コスプレと毎度おなじみハイタッチカウンタの複合技で攻めることにしました。
   
 コスプレのテーマはタイムリーに新郎新婦らしくタキシードとウェディングドレス。
そしてハイタッチカウンタは新機能である赤外線送受信で、二人でのタッチをカウントできるようにと、ラーメンでいえばトッピング全部盛り状態。
カウンタのメンテナンスや衣装のカスタマイズも夫婦互いの特技を搾り出して洗練し、今後のエポックランニングのハードルを自ら最大まで上げての臨戦です。


そして当日。
「私は晴れ女だから絶対晴れる!」という妻の自信を雨男の僕がおもいっきり削ぎ落した形での曇天。
幸い、フルマラソンは、雨さえ降らなければ曇ってるほうがコンディションいいのですが、去年出場した新婚旅行のホノルルマラソンも曇天だったことを考慮すると、今後天晴夫婦の我々が出場する大会はほぼ曇る見込みなのでご一緒される皆様には何卒ご容赦いただきたいと思います。

娘の朝の世話の関係で、現地到着後の時間はほとんどなく『月まで走ろう会』の仲間の本陣でさっさと着替えてスタート地点へ。ふたりともソロで一度ずつ出ているし、応援は何度も来ているので要領は心得ています。



移動中も思った以上に注目を浴び、運良くテレビの取材班に気づいてもらったことで、以降、ポイントごとに様子を全国区の電波に乗せて流してもらえることに。
目立ちたがり屋の二人はこれ以上ないくらいに胸踊らせて所定位置を目指しました。

今回陸連登録者としての出場であるため、スタートは最前列のAブロック。
陸連登録者というのは普通、まじめに陸上に取り組んでいるからこそロスの少ない最前列スタートなので、そこにこんなふざけた格好で割り込んで浮かないだろうか、と不安になりましたが、到着してみたら、スカイツリーだのレディーガガだの海賊だの、もっとふざけた格好の人たちがいて、しかもハイタッチにも乗ってくれたので安心しました。

ちなみにその海賊は、よく知っているラン仲間達でした。





海賊とその仲間たちと話していたらまもなくスタート。
僕らが狙っているのは、タイムの記録更新ではなくハイタッチの記録更新。
そして、落選した昨年友人が取材された結果"ハイタッチおじさん"を拝命してしまったハイタッチカウンタ装備者の名前をもっと華やかでクールなものに変えるために!
決して負けられない戦いがここにある!


基本的には沿道の人々が集まりやすいコースのアウト側へ移動して走っていきます。
といっても、事前に聞かせてもらっている、狙って僕らを応援してくれる人たちをスルーするわけにはいかず、それを考慮しつつほかのランナーの邪魔にならないように。そのうえ赤外線の受信範囲と位置関係を守りながら走らないと妻のハイタッチが全部無駄になるので妻の持つブーケに仕込んだ送信機と僕の胸のカウンタに内蔵された受信機の直線上にできるだけ障害物が出来るだけ入らないよう保つのはかなり骨が折れました。
42.195kmを走る間に要する肉体的なストレスは過去最大になることは、前半5kmで安易に想像できました。



しかしながら、沿道の応援は、最初から暖かかったです。
ほとんどすべてが「ガンバレ!」という汎用的なものでなく僕ら二人に向けられた「おめでとう!」でした。それは肉体疲労をカバーできるくらいに精神的な高揚をもたらし、ペースはかなり長い間保つことができました。
驚いたのは沿道だけでなくランナーからも無数の祝福の言葉をもらえたことです。
フルマラソンは人間のエネルギーをギリギリまで搾り出すスポーツ。一言発する労力でさえ温存したいはずの自分のレースで精一杯やってる中、みんなわざわざ我々のために言葉と笑顔をくれる。こんなに嬉しいことはありません。
だからこちらもほとんど全行程で「ありがとう!」を叫んでいた気がします。



もちろんハイタッチも忘れてはいません。
東京マラソンは、スタートからゴールまで沿道の人が途切れることなく、スタートの新宿はもちろん、自分がランを始めるきっかけであり妻と出会った場所である皇居外周にもぎっしり。



そしてそこには"ハイタッチおじさん"擁する我ら異色のランニング団体『ハイテンション選手権』の面々が。全員と両手のハイタッチを交わし、路上唾液交換に及んだ姿を写真に収めてもらいました。



その直後、同じくハイテンのマンタさんに追いつかれ、妻が抱きつかれたので尻を蹴り上げシッシと見送っておきました。

次に日比谷から品川までのオフィス街をまっすぐ。
普段はジョギングしていても振り向く人はいないこの間、今日だけは隙間もないほどの人が道路に身を乗り出しています。
彼らの声援とともに伸ばされるすべての手を二人でもらさずタッチし、その先復路脇に待ち構えていたのは、声も顔ぶれもひときわにぎやかなハッシュの仲間達。ランニング後のビールが大好きな多国籍団体です。
「ハッシャーならばビールを飲め」と紙コップいっぱいの、マラソン中以外では大好物のそれを飲み干していつものセレモニーのポーズ。



僕のラン仲間はこんな変わった人たちが多いです。しかし、彼らのお陰でランを楽しく続けられ、そしてその過程で妻に出会えました。
それは感謝せずにはおれません。

銀座に戻って今度は浅草へ。このあたりから小さな子供の小さな手も増え始めました。
そもそもマラソンなんかに縁のなかった僕がこの大会を目指したのは、この大会の応援で手が痛くなるくらいのハイタッチで、ランナーの熱意をもらったからです。
今は何もわからなくてもその子供たちに向けたハイタッチが将来のランナーを生むかもしれない。そんな思いで、子供には止まってでもハイタッチをしました。
最後の折り返しを過ぎると応援のテンションもピークを迎え、怒号ともとれる景気のいい掛け声や「ダンナー!くじけるな!」と応援以外の感情がこもってそうな励ましすらもらいました。

道中は、間違いなく長かったはずなのにとても短く感じ、そのなかに馴染み、初顔、ハイタッチカウンターを知ってて「待ってたよ!」と声をかけてくれる顔、ありとあらゆる笑顔がぎっしりとつまった密度の高い時間でした。
応援の人々とボランティアの人々と所々で待ち構えるテレビカメラで、僕らはシリアスレースとは別の意味で全く気を抜けずに、しかしこの大会を最高の思い出にしようというモチベーションに燃えて走ったのです。



しかし35km過ぎでは何度も経験しているフルマラソンの"壁"がやはり訪れました。
足が弾性を失ってずっしりと重くなり、走ることが困難になるエリアです。普段柔らかいふくらはぎと大腿がカチカチになり、一歩ごと足の付根がきしむように疼いてきました。妻も骨折を経験した左足首が辛そうに見えます。
そのエリアは唯一応援のひと気がなくなる佃大橋の上りにあり、そこでは前を行く多くのランナーが走ることをやめてゆっくりと歩きながら歩を進めていました
誰も見てないエリアです。僕もいっそ歩いてしまおうかと思いました。ちょっとくらい休んでもいいじゃないか、と。
そのとき声が頭上から。
高層マンションのベランダからも応援の人々が間違いなく僕らを見て「おめでとー!」と叫んでいました。「ありがとー!」と満身創痍のランナーたちのなか、臆面も無く大声で妻が叫んで応えていました。
さすが、東京マラソン。ゴールまでは、応援も妻も休ませてくれそうにありません。



豊洲を越えて最後の3km。長いハイタッチの、二人の旅も終盤です。
このあたりを走るたびに、気力とか言う抽象的なエネルギーの存在を強く感じます。
かつて二年前に経験したように、ハイタッチの手を挙げているだけでも億劫なこの区間が皮肉にも最も多くの人が沿道に集まっています。
そのぶん祝福の声は大きく多くそして暖かい。だからこそ、ここまで赤外線の関係で前後に並んでいた妻とはここから横並びに足並み揃えて、そして最初から保っていた笑顔を絶やさずに走りました。

そしてこの長大なバージンロードの終点、最後の直線ではMCからの新郎新婦のゴールをアナウンスされ、僕は最後の大仕事とばかりに妻を横抱きに持ち上げました。
失敗できない最後の場面で、ひょっとしたら腰が砕けるか膝が笑うかして失態を晒すのではないかと危惧していたものの、そこは僕の体も団結し○kgを抱えることに成功。
二人で42.195kmのウェディングランをここに完遂したのです。



ゴールと同時に日本テレビの取材を受けて思いの丈を全部話しました。
自分たちがしたこと、そして感じたことを広く大勢の人に聞いてもらえる感動と興奮は、味わってみて初めて知りました。
そして肝心のハイタッチの数字は、千の位がショートして表示が消えていたものの最後に確認したナンバーから照合して8811だと判明。"ハイタッチおじさん"二倍近い数字で記録を更新しました。
二人の合計値なれど、そこは二人でひとつなのだからそこはご容赦を。
翌朝の放送では"ハイタッチカップル"なる新しい名前を頂戴し、遠く離れた場所に住む人々からも続々と声を頂きました。

かすかに残った余力で、翌日にダメージを残さぬようストレッチを行い、そのままメダルやタオルを受け取ります。
そしてトイレと着替えを手早く済ませラン仲間たちの待つ神田へ。



心にリフレインされる5時間半に満ちた声援と、繋いだ手だけは暖かかったです。

ハイタッチしてくれたみなさん、このカウンターを作ってくれた坂本さん、いつも支えてくれるラン仲間、そしてすべての応援してくれた皆さん、本当にありがとう!